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浦和地方裁判所 平成6年(ワ)189号 判決 1998年9月25日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、連帯して、原告小原国夫に対して二三九〇万五六四七円、原告小原みさ子に対して一九一八万二二五七円及び右の各金員に対する平成五年五月二七日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告株式会社スポーツランド信州(以下「被告会社」という。)の経営するダートトライアル(荒れ地等に設けられたコースで走行時間を争う競技)の競技場内において、被告高梨篤子(以下「被告高梨」という。)がダートトライアルの練習のため競技用の車両を走行させていた途中に発生した事故により、同車両に同乗していた小原寿夫(以下「寿夫」という。)が死亡したことを原因として、寿夫の両親である原告らが、被告高梨に対しては民法七〇九条に基づく不法行為責任があるとし、被告会社に対しては民法七一七条に基づく工作物責任あるいは不法行為責任ないし債務不履行責任があるとして、寿夫の死亡に伴う損害の賠償を求めている事案である。

二  前提事実(証拠により認定した事実は、括弧内に認定に供した証拠を表示した。その余の事実は当事者間に争いがない。)

1 当事者

(一) 被告会社は、長野市松代町豊栄字地蔵一〇〇五番地一所在の「スポーツランド信州」と称するダートトライアルの競技場(以下「本件競技場」という。)を経営する株式会社である。

(二) 原告小原国夫(以下「原告国夫」という。)は、寿夫の父、原告小原みさ子(以下「原告みさ子」という。)は、寿夫の母であり、寿夫の相続人は、原告両名のみである。

(三) 被告高梨は、平成五年五月二七日、本件競技場において、ダートトライアルの練習のため、自己所有の競技用の車両(足立五三の三五九六。以下「本件車両」という。)を走行させていたものである。

2 事故の発生

被告高梨は、本件競技場で練習を開始して間もない前同日午前一〇時一〇分ころ、別紙図面1の<×>付近コース北側路肩に設置されていた三連の防護柵(路面から二〇センチメートルほど土を盛り上げ、その上に直径二二センチメートルほどの丸太を横に二段に積み上げて横木とし、これをその北側に打ち込まれた丸太製又は鋼製の縦杭を支柱として固定したものが三つ連ねられたもの(但し一番西側のものについては、横木が二本積まれていたのか、一本だけであったのかは定かではない。)。以下「本件防護柵」という。)のうち真中の防護柵に本件車両の右前部を衝突させ、これにより横木が一本飛ばされ、右横木のあった西端(あるいは西隣)に位置する支柱の丸太が残り、本件車両が助手席側からその丸太の上に倒れ込み、同丸太が本件車両の助手席の窓から突き刺さる形となり、助手席に同乗していた寿夫の頚部及び胸部等を圧迫し(以下「本件事故」という。)、これにより、同日午前一一時四七分ころ、寿夫は窒息のため死亡した。

3 本件事故に係る諸事情

(一) 本件競技場の状況等

(1) 本件競技場は、県道長野真田線上の通称地蔵峠(標高約千メートル)の頂上付近の北斜面山腹を切り開いて造成されたもので、全体的に北側に向かって下りのコースとなっている。コースの全体図は、別紙図面1のとおりであるが、全コース路面が未舗装で、コースは幅員七メートル前後、全長約二千メートルである。そして、随所に急カーブや急勾配の坂が存在し、カーブの外側は概ね土手になっており、コースの両側ないし片側は、樹木が立ち並ぶ山林となっているところが多い。

本件事故現場は、右図面1の「待機場」西隣のスタート地点から西方約六五メートルの地点であり、その東方にある勾配の大きなカーブの下り坂を曲がりきってからは約三〇メートルの地点である。そして、右下り坂とは異なり、ほぼ平坦な直線コース(幅員約七メートル)の北側路肩に位置する。なお、その拡大図が別紙図面2である。

右路肩北側は、下り斜面の山林となっており、その更に北側はコースの一部で、本件事故現場付近の路面との高低差は、四メートル強となっている。本件事故当時、路肩には、前記のとおりの本件防護柵が設置されており、その東方路肩には、本件防護柵よりも明らかに高い土手が形成されていた。

また、本件事故現場のコースを挟んで反対(南)側は、上り斜面の山林であり、路肩との境は、山肌が削り取られて地肌がむき出しとなった急傾斜の法面となっている。

通行車両については、出入口ゲートにおいて競技・練習車両や通行人等の出入りが禁止されており、歩行者等は存在しない。また、コース内は速度・進行方向等を規制する標識の類いはなく、一般公道における規制は及ばないものである。

(2) 本件競技場は、昭和六一年にオープンし、平成三年に社団法人日本自動車連盟(以下、その略称に従い、「JAF」という。)の最初の公認を受け、以後継続的に公認を受けており、JAF公認及び非公認の競技会並びにダートトライアル走行の練習に利用されていた。そして、年間で二二、三回の競技会が行われており、オープンしてから現在まで、年間平均して四〇〇〇人前後の利用者があった。

(3) 本件競技場では、練習会であっても、車両や服装等の点において競技会に準じた扱いがされているとともに、本件競技場での走行が五回未満の利用者には、走行や転倒の際の注意事項が記載された走行規約書が渡されていた。また車両のスタートは、競技会と同様、一定の間隔をあけて車両同士の衝突が生じないように行われていた。

また、本件競技場には四輪駆動の救急用の車両やクレーントラック等が常備されているとともに、消火器を積んだ車両が用意され、コース内の三ヶ所に設けられたポストには消火器が設置されている等、被告会社の従業員が車両の転倒や火災に備える態勢もとられていたとともに、救急病院の指定もされていた。

(4) 被告会社は、競技会や練習会の際には、利用者に対して、死亡等の事故についてはあくまでも自己の責任で被告会社は責任を負わない旨の「走行に関する誓約書」を必要事項を記載させた上で提出させており、本件事故当日も被告高梨及び寿夫は右誓約書を提出していた。

(二) ダートトライアルの実情等

(1) ダートトライアルは、第二種のスピード行事競技であって、長さ五〇〇メートル以上、幅最小二メートル以上、特に危険な状態でない、すなわち路面の凸凹があまり大きくなく、石等がごろごろしていない未舗装路面である等の条件のコースにおいて、コースを一台ずつ走りタイムを競う競技である。そして、ダートトライアルを含む自動車競技は、国際自動車連盟(FIA)がこれを統括するとともに、その傘下の国内団体であるJAFが、国内における各種競技を管理統括し、具体的には、JAFの機関の一つであるモータースポーツ専門部会により、安全対策や車両、各種競技等に関する規程等の作成や統一解釈等が行われ、右部会の上部組織であるモータースポーツ評議会(JAF理事会の諮問機関)により国内競技規則等の制定・改定の審議等が行われている。

(2) JAF公認のダートトライアル会を開催するコースは、事前にJAF(安全部会)の査察を受けて公認を得なければならず、「JAFスピード行事競技に使用するコースに対する安全基準」(昭和六二年制定)では、公認に必要な条件として、コースの設定については、「車両が走路を逸脱した場合、重大な危険を招くことのないよう設定を行うこと」、「コース設定に当たっては十分に安全を考慮し、セフティーゾーンまたはガードレール、その他の防護壁等の設備を整えること」と定められているとともに、観客に対する安全基準や必要な消火体制、救急施設等についても定めが置かれている。

(3) 公認競技会に使用されるダートトライアル車両については、「JAF国内競技車両規則」(平成四年制定)に安全基準についての各種規定があり、一般公道の走行が可能な車両、すなわち道路運送車両法上の保安基準に従った運輸省認定車両(A車両といい、本件車両もこれに該当する。)については、ロールバー(車両が衝突又は転覆した場合に室内の大きな変形を防止するためのもの)の取付けが許され(本件事故当時。その後、平成六年から義務化される。)、本件車両にも取付けがされていた。また、国内競技規則に基づき設けられた「スピード行事競技開催規定」によれば、競技中はJAFによる指導要綱に適合するヘルメットの着用が義務付けられるとともに、レーシングスーツ、シューズ、グローブの着用が望ましいとされている。

(4) ダートトライアルにおいては、車両への同乗を禁じる旨の規則等は存在しないが、ナビゲーターが必要となるラリーの場合とは異なり、同乗者の存在の必要性が小さく、逆に車両全体の重量が重くなる等の不都合や同乗者に対する事故の際の危険性を考慮して、実際の競技では、他人を同乗させることは認められていない。もっとも、本件競技場においては、オープンして三年目ころから、運転手と同じ服装でシートベルトを着用することを条件に、練習の際に限って、他人を助手席に乗せることを許容するようになり、以後そのような例も少なからず見受けられるようになった。

(5) ダートトライアルにおいては、車両の転倒や防護柵等への衝突等の事故は少なからず発生することであり、一回の競技会(百台程度の参加)で二、三台の転倒が起こることも珍しいことではなく、練習会(二、三〇台の走行)においても、運転者は一般的に競技会ほどは無理な走行をしないものの、五回の練習会に一回程度の割合で転倒等の事故が見られる。

本件競技場もその例外ではなく、転倒等の事態は見られたが、オープンしてから現在まで、競技中や練習中において、死亡事故はもちろん、怪我をして救急車両を呼ぶような事故も発生したことがなかった。

(三) 本件事故に至る経緯及び本件事故の状況

(1) 被告高梨は、本件事故の約一年前(当時二〇歳)に普通自動車第一種の運転免許を取得したが、会社の上司らの影響で、ダートトライアルに興味を持つようになり、自らダートトライアルの走行を始めるまでに競技会を一回、練習会を一、二回見学し、その後、ダートトライアルのチームの一つである「チームシャフト」主催の行事において、本件事故の約半年前を最初にして、本件事故時までに三、四回ほど(本件競技場では平成四年九月に一回、残りは千葉県内のコース)、ダートトライアル用のコースで、一回につき三周程度の走行をしたが、ダートトライアル走行の経験としては浅いものであった。

他方、寿夫は、数年程度のダートトライアル走行の経験があった。

被告高梨自身は、右三、四回の走行において、競技場内の防護壁等に衝突したり、転倒したりすることはなかったが、見学の際、競技車両が転倒し、あるいは防護壁へ衝突する事故を計六回ほど目撃したことがあり、その際、乗っていた者が特に怪我もせずに車両から出てきているのを見たことがあった。

(2) 被告高梨は、本件事故の約二ヶ月前に、本件車両である通称ニッサンマーチR一〇〇〇を中古で購入したが、本件車両は、三ドアのボンネット型、総排気量〇・九三リットルの小型車であり、これを購入した時点で、すでに車内は金属製パイプであるロールバーにより補強され、後部座席はタイヤ等を入れるために取り外され、運転席のシートベルトは四点式(但し、助手席のベルトは三点式)のものになっている等、ダートトライアル用に改造、装備が施されていた。

(3) 本件事故当日は、主にチームシャフトのメンバーによる練習会が行われ、午前一〇時に開始されたが、被告高梨はこの練習会に参加し、本件車両の整備を終えて別紙図面1中の「待機場」と記載された場所で順番を待っていたところ、当日車両の整備のために練習会に来ていた寿夫が、整備車両がなく、することがなかったため、誰かの車の隣りに乗ることを希望したことから、順番の早かった被告高梨の車両に同乗することになった。

寿夫と被告高梨とは、本件事故以前にチームシャフトの事務所で二、三回会ったことがある程度で、特に親しい間柄というわけではなく、被告高梨は、寿夫のダートトライアルにおける運転技術のレベルもよく知らなかった。

寿夫が本件車両の助手席に乗り込んだ際、被告高梨も寿夫も、ともに、ヘルメット、手袋、長袖の上着、長ズボンを着用していた。

(4) 当日の走行練習コースは、別紙図面1のAのスタート地点を出発して、順にB(<×>)、C、D、E、B(<×>)と一周した上、Fを経て北側のコースに向かい、Gのゴールに戻るというものであった。

(5) 被告高梨は、右順路に従い、Aのスタート地点を出発し、B、C、D、Eを通過し、再びBに向かったところ、別紙図面1の<×>で本件事故に至ったが、Cの先から<×>までの本件車両の走行経路は、別紙図面2の<1>ないし<8>及び<×>のとおりであった。

(6) そして、前記のとおり、本件事故が発生し、本件防護柵のうち、真中の防護柵の横木の一本が外れて斜面下に飛ばされ、本件車両は、助手席側を下にして、衝突地点に近くに残った丸太の支柱の上に倒れ込み、その支柱が助手席の窓から突き刺さる形となった。

二  争点

1 被告高梨の不法行為責任について

(原告らの主張)

(一) ダートトライアルに参加する車両の運転者は、その練習中においても、本件競技場のように舗装がされておらず、しかも見通しの良くない下り坂のカーブにさしかかった場合には、安全に走行できるように十分な減速を行いつつ、適切なハンドル操作を行うべき義務を負っているというべきところ、特に、被告高梨は、ダートトライアルについては全くの初心者であったばかりでなく、本件車両にも十分慣れていなかったとともに、本件競技場での走行もほとんど経験がなく、コースの下見も全くしていなかったのであり、かつ、本件では自分一人だけではなく、寿夫を同乗させていたのであるから、なおさら慎重に運転をすべきであった。殊に、本件競技場は、前方が十分に確認できるような平坦なコースではないため、カーブの途中から急な下り坂になっていたり、急カーブが突然に現われたりするのであるから、コースを熟知していない被告高梨としては、まずは安全な速度で自動車やコースの状況を十分に把握し、どの地点でどの程度の速度まで出し得るかを慎重に判断しながら徐々に速度を上げていかなければならなかったというべきである。

(二) しかし、被告高梨は、本件車両を発車させた一周目からいきなり、以下のような一連の無理な走行を行ったことにより、本件事故を惹き起こしたものである。すなわち、本件事故に至る際の本件車両の順路は、別紙図面2の丸数字の順のとおりであるところ、被告高梨は、同図面2の<1>付近でギアをサードに入れて走行し、<2>付近で一旦はブレーキをかけたものの、<3>付近において、下り坂であるにもかかわらず、ブレーキをかけるのを止めてしまったため、本件車両の速度が急に速くなり、<4>付近ではすでに本件車両を十分にコントロールすることができなくなった。しかも、被告高梨は、前方が急な下り坂で左カーブであることが分かったのに、ブレーキをかけて減速することもせず、漫然と本件車両を走行させたため、<5>付近でも本件車両を十分にコントロールすることができずにコースの外側に走路が膨らみ、<6>付近において、コースの外側の壁に衝突しそうになり、ようやくこの辺りでブレーキをかけて減速をしようとしたものの、本件車両の速度が速すぎたためにコントロールが十分にできず、<7>地点で本件車両後部を山肌に接触させ、<8>地点でコース脇の本件防護柵に本件車両を衝突させるに至ったものである。

(三) 被告高梨としては、右<3>付近でブレーキをかけて減速をする措置をとり、下り坂においてギアをロー又はセカンドに変えていわゆるエンジンブレーキのかかる状態にしておけば、本件車両を十分にコントロールすることができる状況におくことができ、容易に本件事故を回避することができたにもかかわらず、自己の運転技量を過信してこれらの措置を講じることなく、漫然と本件車両を十分にコントロールすることができないほどの速度で走行を続けたために、本件車両の速度が更に増す結果となり、このため右<6>付近では本件車両のコントロールを全く失い、前記のように本件事故を惹き起こしたのであるから、被告高梨には右安全運転を怠った過失があるというべきである。

(四) この点について、寿夫がギア操作について被告高梨に対し指示をしていたとしても、被告高梨は自己の判断で十分に安全に配慮をしながら走行すべきものであったし、ましてや被告高梨は防音装置を外す等した改造車にヘルメットを着用して乗っており、寿夫が適切な指導を適宜行うことは困難な状況であったのであるから、寿夫の指示のいかんは被告高梨の過失を否定する理由にはならず、また、一旦事故が発生すれば、生命に危険が及ぶであろうことは、車両の速度等を考えると、容易に理解できることであるし、右のような異常な運転を寿夫も全く予想していなかったのであって、寿夫が右運転による危険を引き受けたものともいうべきではない。

(五) よって、被告高梨には、民法七〇九条に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(被告高梨の反論)

(一) ダートトライアルにおいては、JAFにより、コース設定や車両の強度等について一般道路におけるものとは明らかに異なった安全基準が定められている以上、本件競技場を公道に準じて考えるべきではなく、ダートトライアルにおいて、競技に参加する車両の運転者にどのような注意義務が求められるかについては、同競技の性質及び右安全基準等を前提として考えられなければならないというべきところ、ダートトライアルは、車両内部の構造を改造した上で、自車の転倒はもちろん、防護壁等への衝突、ひいては発火までをも想定して行われる競技であり、安全な走行を保持することが競技車両の運転者に求められているものではない。むしろ、かかる危険については、競技施設あるいは競技主催者の安全配慮の問題とされているものである。

(二) また、実際にも、本件車両は、転倒等しても乗っている者に重大な傷害を与えないようにロールバーやシートベルトが設置され、被告高梨や寿夫もシートベルトとヘルメットを着用していたのであり、本件競技場における過去の事故例や日本におけるダートトライアル走行について一般的に言われている転倒しただけでは安全性については全く問題がないという経験則も考慮すれば、本件において、直ちに寿夫の死亡に対する被告高梨の予見可能性を肯定することはできず、ましてや本件のように、車両が転倒して防護柵の上に窓を下にして倒れ込み、かつ、防護柵の横木が外れ、残った支柱が車内に突き刺さり、その支柱が助手席に同乗していた者の胸ないし首に当たり、同乗者を窒息死させる、という希有な事態を事前に予測することは、被告高梨のみならず、一般人にとっても全く不可能なことであって、かかる事態についてまでも予見可能性があるとすれば、ダートトライアルの実施は事実上不可能であるといわざるを得ない。

(三) したがって、被告高梨には、原告らの主張する注意義務違反がなく、本件事故に対する不法行為責任は生じない。

2 被告会社の工作物責任等について

(原告らの主張)

(一)(1) ダートトライアルは、所定のコースをいかに短時間で走行することができるかを競う競技であり、コース上での平均速度をいかに上げるかが勝敗を左右することになるが、本件競技場においては、別紙図面2の<4>地点までは傾斜の緩やかな直線に近い状態が続くため、<3>付近のカーブ手前までは比較的加速しやすいコース設計となっており、このため、本件事故現場に至る直前のカーブに車両を十分に減速できないまま進入してしまう車両が多く存在する。

そして、右カーブに十分減速しないで進入すると、このカーブでは、下り傾斜がきついことやコースが未舗装であるため、ブレーキが効きにくいこと、カーブに入ってハンドルをきっているため、急ブレーキをかけると車が一回転してしまい、車両の制御が難しくなること等から、車両が操縦不能ないし困難な状況に陥ることになり、同カーブが鋭角であること等のため見通しが極めて悪いこともあり、カーブを曲がり切ってすぐのところにある本件事故現場付近のコース脇に向かって四五度程度の角度で進行する車両も決して珍しくはなく、そのような車両が本件事故現場地点で走路を逸脱すると、約五メートル弱の段差があり、極めて危険な状況となっていることから、本件事故現場付近においては、走路を逸脱しないように十分な安全対策を施す必要があり、実際、被告会社は、JAFからコースの公認を受けるに際し、車両がコースから飛び出さないような補強を土の土手で行うべき旨の指導を受けていたものである。

また、本件競技場においては、五日に一台程度の転倒事故が発生しており、被告会社は、走行にあたり死亡事故が起こっても責任を負わない旨の誓約書を徴していたことからして、本件競技場の安全性につき極めて危惧していたというべきであるから、転倒事故の原因を十分に分析し、コース内で発生する事故について、十分に安全を確保する必要があった。

(2) しかし、本件事故当時は、本件事故現場付近には、道路面から高さ一〇センチメートルほどの高さの土盛りの先に、高さがせいぜい四〇ないし五〇センチメートル程度の本件防護柵(長さ五メートル弱)が設置されていたのみであり、本件車両のバンパー上部の高さより低かったため、本件車両は右防護柵を乗り越えるとともにバランスを失い横転したものであり、また、本件防護柵が容易に壊れてしまうような設備であったことも本件事故の一因となっているものであって、仮に本件事故後に改修されたような高く土盛りをするなどの安全な防護柵が設置されていれば、本件事故も発生しなかったのである。

(3) このように、被告会社には、本件事故現場付近に車両が逸脱することのないような垂直に高い壁を設けるか、あるいは、高く土盛りをする等して安全性を高める措置を講じる義務があったにもかかわらず、危険な横木の本件防護柵を設置していたにすぎなかったため、本件車両に同乗していた寿夫を死亡させたものであり、土地の工作物である本件競技場の設置又は保存に瑕疵があるので、民法七一七条一項に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)(1) 仮に工作物責任がないとしても、被告会社は、安全確保のための措置を講じる義務を怠ったのみならず、初心者に対して三速での走行をしないように警告を出すこともせず、また同乗者がいる場合には、同乗者に危険が及ぶ可能性が高いということを知りながら、来場者へのサービスという営業上の考慮を優先して、あえて同乗者を乗せたままでの走行を認めていたものであり、さらには、コース内で頻繁に事故が発生しているのであるから、事故が発生した際には、速やかに救出措置を講じることができるような態勢を整えておくべきであった。

(2) 被告会社は、それにもかかわらず、このような態勢をとっていなかったため、本件事故に際して速やかに寿夫の救出が行われなかったものであって、これらの事実は、いずれも被告会社の不法行為あるいは契約上の安全配慮義務違反にも該当するというべきである。

(3) よって、被告会社に対し、予備的にこれらの責任も追及する。

(被告会社の反論)

(一)(1) 本件競技場は、JAFから公認された第二種の常設スピード行事競技コースであり、第二種コースは、上り下りカーブ等の変化に富んだ未舗装の道路で、スピードやコースのとり方等につき個々の能力に応じた判断力や技術を駆使してタイムを争うものであるから、相当程度の危険性は内在しているものであるが、コースは特に危険な設計はされているものではなく、必要に応じて防護壁等を設置しているものである。そして、ガードレールは、金属製と木製のものとがあるが、この種の競技場ではガードレールに車が接触することが多いために車に与える傷の少ない木製のものが使われるが、効力において金属製のものと変わるところはない。

(2) 本件事故現場付近では、直前のカーブを曲がりきれず、右側に走路を逸脱する車両が存在することは考えられるが、本件事故現場がカーブを曲がりきった後のやや長い直線コースの途中であることからして、それもコースから脱輪する程度のものであり、そのような車両が転落しないためにカーブを曲がってからの直進走路には太い丸太のガードレールである本件防護柵が設置されていたのであり、その高さも、地上から約八五センチメートルあったことは、本件車両の損傷状況等からも明らかであるし、木が腐っていたとか、ひび割れがしていたということもなく、本件事故現場付近が本来は防護柵を設置する必要性の高くない場所であることからしても、カーブの外側に土砂による防護壁を設けるほかに、本件防護柵を設置していれば、右程度であっても、ダートトライアルの競技場に設置する防護柵として通常有すべき安全性は十分備えていたというべきである。

また、本件競技場は、安全な運転を目的とした一般道路とは異なり、走行する車両の運転手は、自己の能力の限界で走るものであり、また与えられた種々の条件の中で技術を争い、タイムを競うものであるから、転倒等はしばしば起きるが、競技車両には通常ロールバーが設置され、運転手はシートベルトを締めるのみならず、ヘルメットも着用しているので、車両の転倒等により多少のすり傷等はあるとしても、大した怪我はしないものであって、本件競技場でも、救急車両を呼んだことは過去に一度あるが、それはジャッキで車を上げて車体下部を調べていたときに車が落下した事故によるものであり、競技中や練習中の事故で負傷者を出して救急車両を呼んだことはなく、それにもかかわらず、転倒等の事態が生じないようにしなければならないというのは、ダートトライアルの競技を理解しないものというべきである。

(3) そもそも、本件事故は、被告高梨が、下り坂のカーブにおいてブレーキを解放し、かつ、ギアを三速のままで走行するという、通常予想し得ない異常な運転操作に基因するものであり、そのような運転者の判断や運転操作の誤りにより生じた事故は、もはや競技場設置者の責任ではなく、運転者の責任であるというべきである。

実際、本件競技場の開場以来、約三万六〇〇〇台の車両が走行しているが、死者はもちろん、医師の治療を受けるような傷害を負った者は一名もいない。

(4) 以上、本件事故は、本件競技場の設置又は保存の瑕疵に基因するものではなく、被告会社は、原告ら主張の工作物責任を負わない。

(二)(1) 原告らは、被告会社が営業上のサービスを優先させて同乗者を乗せた走行を認めたとも主張するが、競技車両への同乗は、熟練した者が初心者の指導をするため、又は反対に習熟者の運転を見習うために行われるものであり、助手席に同乗する者があるために危険性が高まるものでもなく、競技の場合を除き、同乗を禁ずる根拠はない。

(2) また、本件事故当時、救急車両や医師が本件競技場に常駐していなかったことは事実であるが、それらはいずれも通常要求されていないものであるし、そのことにより本件で寿夫を救出できなかったものでもなく、クレーン車その他救出に必要な方法は常に準備してあり、被告会社としては、従来から転落等の数々の事故をすべて適切に対処してきたものである。

(3) したがって、被告会社が原告ら主張の不法行為責任や契約上の安全配慮義務違反による責任を負うべき理由もない。

3 本件事故に伴う損害額について

(原告らの主張)

(一) 寿夫の損害

合計五九三七万五五三五円

(1) 逸失利益

四三三七万五五三五円

寿夫は二八歳で死亡したところ、平成三年賃金センサス中、学歴計(男子労働者)の平均給与額をもとに、生活費五〇パーセントを控除の上、ホフマン係数(三九年間のもの)を乗じて算出した。

(2) 慰謝料 一六〇〇万円

(3) 相続

寿夫の損害は、以上合計五九三七万五五三五円であるところ、原告らは、被告らに対する当該損害賠償請求権を各々二九六八万七七六七円ずつ相続した。

(二) 原告国夫の損害

合計八七二万三三九〇円

(1) 葬儀費用等 四六八万円

原告小原国夫は、葬儀費用として二〇〇万円を、仏壇購入費として四一万五〇〇〇円を、墓地代として二二六万五〇〇〇円をそれぞれ支出した。

(2) 医療機関費用 一万三三九〇円

(3) 交通費 三万円

原告らが、本件事故当日、連絡を受け、病院等に行くために要した費用である。

(4) 慰謝料 四〇〇万円

寿夫は、原告らの経営する小原合成樹脂工業所の実質的な経営者であったから、同人の死亡により同工業所の経営は悪化し、原告国夫の収入も減少した。そして、同原告は身体障害者であるから、老後の生活において、寿夫に生活基盤を頼らざるを得ない状況にあったため、同人の死亡により、将来の生活の安定が得られなくなった。これらの事情を考慮すると、同原告固有の慰謝料は、右金額を下回ることはない。

(三) 原告みさ子の損害(慰謝料)

四〇〇万円

小原合成樹脂工業所の経営悪化のため、原告みさ子の収入も減少し、また、同原告は、身体障害者である原告国夫を抱えていることもあり、寿夫に生活基盤を頼らざるを得ない状況にあったため、同人の死亡により、将来の生活の安定が得られなくなった。これらの事情を考慮すると、原告みさ子固有の慰謝料は、右金額を下回ることはない。

(四) 損害の填補

各一五〇〇万五五一〇円

原告らは、日動火災海上保険株式会社から、自動車賠償責任保険に基づき、死亡保険金として、三〇〇一万一〇二〇円を受領した。

(五) 弁護士費用 各五〇万円

(六) 本訴請求額

(1) 原告国夫 二三九〇万五六四七円

(2) 原告みさ子 一九一八万二二五七円

(被告らの主張)

原告らの主張は争う。

第三  争点に対する判断

本件では、被告会社の責任、特に、土地の工作物責任の有無の判断につき、被告高梨の本件事故当時の本件車両の運転態様が重要な判断要素の一つとなり、被告高梨の責任の有無の判断については、本件車両の運転態様という客観的側面のほか、さらに寿夫の死亡に対する同被告の予見可能性という主観的側面も重要な判断要素となると解されるので、以下では、まず被告会社の責任、次いで被告高梨の責任について、順次検討することとする。

一  被告会社の責任について

1 民法七一七条一項の工作物責任の有無

(一) 本件競技場は、前記前提事実のとおり、一般公道の規制が及ばない、起伏が大きく、カーブも多い未舗装の道路よりなるものであり、ダートトライアルが、そのような道路をできるだけ早い時間でコースを走行することを競うものであることから、その性質上、競技に参加する車両の運転者は、自己の実力の限界に挑み、時には自己の実力を超える運転も行いかねないのであって、そのためにコース逸脱等の事故も十分考えられるところ、本件競技場を含め、ダートトライアルの走行においては、車両の転倒や防護壁等への衝突等は少なからず発生するものなのである。

また、弁論の全趣旨によれば、ダートトライアルに参加する車両は、転倒や防護壁等への衝突等によって乗車している者に重大な傷害を与えないために必要な改造や設備が施されているばかりでなく、本件車両についても、前記前提事実のとおり、車両内部が金属製パイプであるロールバーにより補強され、運転席のシートベルトが四点式のものに改められるなどされているのである。

(二) ところで、民法七一七条一項にいう土地の工作物の所有者は、当該工作物が第三者の使用に供される場合には、その使用に際して通常予想される事故の発生を未然に防止し得る安全性を備えるべきものであって、そのような安全性に欠ける場合には、同条項所定の工作物責任を免れ得るものではないが、本件競技場のようなその使用に際して車両の転倒や防護壁等への衝突等が少なからず発生するだけでなく、ダートトライアルの性質上、そのような事故がいわば不可避的に内在しているともいえる工作物である場合には、その安全性は、車両の転倒や防護壁等への衝突等の発生それ自体を予防することを目的としたものではなく、競技の実施に伴いそのような事故の発生を前提に、ダートトライアル用に改造、装備を施された車両が競技の実施に伴い発生することが通常予想される程度の事故に至っても、乗車している者に重大な傷害を与えないだけの安全性を具備する設備を備えていれば、その設置又は保存に瑕疵はないものというべきである。

なお、被告会社は、前記前提事実のとおり、「走行に関する誓約書」を利用者に提出させており、本件事故当日においても、被告高梨及び寿夫は右誓約書を被告会社に提出していたが、右誓約書により、被告会社が、ダートトライアルの実施に伴い通常予想される事故の発生をも防止することのできない設備しか備えていない場合においてまでその責任を免れると解することはできない。

(三) そこで、右見地から本件競技場の安全性について検討するに、本件においては、本件車両が本件防護柵に衝突した後の具体的経過の詳細を確定することは困難であるが、右衝突は本件車両の右前部からであるにもかかわらず(乙四号証によれば、本件事故現場下に転落していた丸太の塗料の付着状況と本件車両右前部の塗料剥離状況とが照合の結果一致している。)、衝突地点からさして移動しないところに本件車両がその左側の助手席側から倒れていること、本件車両のフロントバンパーが、自動車登録番号標とともに、ほぼ全体的に後方にかなりの程度折れ曲がっていることをも併せ考えれば、右衝突の程度は相当程度大きなものであったとともに、本件防護柵も、相当程度の強度を保っていたと推認せざるを得ない。それというのも、仮に容易に飛ばされるないしは折れるというような構造又は強度の防護柵であれば、衝突した車両は杭に向かって倒れるような転倒をすることなく、防護柵を突破してそのまま斜面に転落したであろうし、本件事故のように車両右前部から衝突しながら、バンパーのほぼ全体が曲がるようなこともなかったはずであるからである。本件車両のバンパーは左側が相当程度外れているが、これは本件防護柵への衝突による結果であると思われるところ、これを衝撃の強さや本件防護柵の強度を物語るものであるといえる。

そして、被告会社代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故現場に防護柵が設置されたのは本件事故が発生した日の約四、五年前であり、本件防護柵は、当時のものと同じかもしくは同様のものであったことが認められるが、本件事故現場の防護柵には、これまで車両の擦った痕が付いていたこともあったのに、実際、本件事故現場に防護柵が設置されてから本件事故が発生するまでの約四、五年間に、本件事故現場付近における転落事故は一件もなく、これまでに発生した事故は専らその東方のカーブ外側の土手に乗り上げて転倒等したものであったこと(被告会社代表者)も併せ考えれば、本件事故現場の防護柵の強度それ自体は、これに車両が衝突しても、防護柵を突破して斜面に転落することを防止し得るものであったということができるから、本件事故に係る本件競技場の安全性は、本件車両の衝突によって本件防護柵の横木が外れたことについて専ら検討されるべきものである。

(四) しかるところ、まず、被告高梨の本件事故当時の本件車両の運転操作をみると、乙三、六号証及び同被告本人尋問の結果によれば、(1) 被告高梨は、これまでは、一番速度の出る平坦な直線コース(本件競技場では、別紙図面1のC・D間)でも、ギアを二速(時速約四〇キロメートル)にしか入れたことがなかったが、スタートする前に寿夫に何速まで入れるのかを尋ねたところ、寿夫が三速まで入れると答えたこともあって、スタートしてCとFとの分岐点を過ぎた辺りで二速に入れた後、Cを越えた辺りで三速に入れたこと、(2) 本件車両は、そのために、更に加速したが、被告高梨は、その勤務先の先輩から、急な下り坂ではブレーキをかけてはいけないと聞いていたため、三速のままD(別紙図面2では<3>付近)の先方にある下り坂に差し掛かった際、同下り坂の直前で踏んでいたブレーキペダルから足を離したこと、(3) その結果、本件車両は、加速しながら走路を右側に膨らませ、被告高梨は、別紙図面2の<4>で左にハンドルを切ったが、ブレーキはかけないままであったため、本件車両は、さらに加速して<5>の地点で右側の土手に接近したこと、(4) そこで、被告高梨は、ハンドルを更に左に切り、その後<6>付近に至ったが、左の土手に接近したため、被告高梨は、ここに至って初めてブレーキを強くかけながら、ハンドルを右に切ったが、<7>で左の山肌に本件車両の後部を接触させ、次いで右斜めに滑るように進行して<8>に至り、本件防護柵に衝突したこと(本件事故直前のスリップ痕は別紙図面2記載のとおりである。)が認められるのであり、本件事故は当該認定のとおり、主に、被告高梨が下り坂のカーブを三速のままで、かつ、ブレーキをかけずに本件車両を走行させたため、同車両が更に加速したことに因るところが大きいと認められるところ、被告会社代表者の供述によれば、本件競技場において当該カーブに入るまでギアを三速で走行していた車両の運転者は、急カーブを曲がる直前にはほぼ例外なくギアを二速に落とすということであり、また、下り坂であっても、速度が出過ぎた場合には、タイヤをロックさせない程度のブレーキをかけることは、むしろ必要なことであるというべきであって、さらには本件事故現場付近におけるこれまでの事故の状況が前記のとおりであることに鑑みても、右のような被告高梨の運転操作は、ダートトライアルに参加する者が自己の実力の限界に挑み、時には自己の実力を超える運転を行いかねないとはいっても、一般的なものではなく、被告高梨特有のものであったといわなければならない。

そして、前記前提事実のとおり、本件事故現場地点は、前記カーブを曲がりきってから平坦な直線コースに入って三〇メートルは進んだところであって、通常は、ハンドル操作のミスがあったり、ハンドル操作が不能ないし困難になる場所であるとは解されないことをも併せ考えれば、本件事故のような横木を外すほどの衝突事故が本件事故現場付近において発生するであろうことを、通常予測することは困難であったといわざるを得ない。

(五) 因みに、本件競技場では、本件事故後に、より高い盛り土等によるコース逸脱防止施設が設置されているところ、そのような施設が当初より設置されていたとすれば、本件のような態様の事故も起こっていなかったと考えられなくもなく、寿夫の死亡という事態も避けることができた可能性もあるが、そもそも、民法七一七条一項の工作物責任の有無は、事故当時における工作物の設置又は保存の瑕疵の有無を判断すべきものであって、その判断と対象となる当該工作物の安全性は、通常予想される危険に対する安全性であればよく、当該工作物を使用する者の異常・特殊な行動にも対処し得る絶対的な安全性を備えている必要はないというべきところ、本件では、右(四)でみたとおり、本件事故に至る被告高梨の運転操作、そして、その結果として、本件防護柵の横木を外し、支柱を残すという本件車両の衝突の態様・程度は、ダートトライアルに参加する車両の動向として通常予測できる範囲を超えていたものと言わざるを得ず、本件においては、被告会社の本件防護柵を含めた本件競技場の設置又は保存に瑕疵があったということはできない。

(六) したがって、原告らの被告会社に対する民法七一七条一項に基づく損害賠償請求には理由がない。

2 不法行為責任又は債務不履行責任の有無

(一) 原告らは、被告会社が安全確保のための措置を講じる義務を怠ったのみならず、助手席に他人を乗せて走行することの危険性を認識しながら、あえてそのような走行を認めていた、さらに、コース内で事故が発生した際に速やかに救出措置を講じることができるような態勢がとられていなかった等と主張して、被告会社の不法行為責任又は債務不履行責任も追及しているが、本件競技場の設備面に関する安全確保の点については、既に説示したところからして、本件ではそれを不法行為上の責任として問題とする余地はないというべきである。

(二) また、ダートトライアルの練習において同乗者を容認していた点や救急態勢の点についてであるが、後者については、被告会社代表者の供述によると、本件競技場においては、一定程度の救急態勢がとられていたことが認められる上、そもそも、前記のとおり、ダートトライアルにおいては、競技車両が容易に潰れないように改造されていたり、乗車する者が怪我に備えた服装の着用等が要求されていること、そして、本件競技場開場以来本件事故発生時まで、競技車両が転倒等することは少なからずあったにもかかわらず、死亡事故はもちろんのこと、救急車両の出動した事故は一度もなかったのであって、そのようなことからすれば、他人の同乗を容認していた点や右救急態勢以上に医師の常備等を行わなかった点が被告会社の不法行為責任又は債務不履行責任を生ぜしめるものであるとまでいうことはできない。

(三) したがって、原告らの被告会社に対する不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求も理由がない。

二  被告高梨の責任について

1 本件事故における本件車両の防護柵に対する衝突の態様・程度は、前記一1のとおりダートトライアルにおいて通常予測することができないものであったが、その反面、本件事故における被告高梨の本件車両の運転操作は、異常なものであったといわなければならないところ、被告高梨について寿夫の死亡に伴う損害賠償責任を認め得るためには、同被告に寿夫の死亡に対する予見可能性がなければならないから、以下、その予見可能性の有無について検討する。

2 本件事故の態様をみると、原告らも主張するとおり、被告高梨が、本件事故直前のカーブに入る前に十分に減速し、カーブに入ってからもブレーキ操作を行う等しておれば、本件事故を避けることができた可能性があったことは否定することができない。

しかし、ダートトライアルは、一般公道のような交通規則の適用がないコース内で、自己の実力の限界に挑み、いかに短時間でコースを回ることができるかを競うものであって、その練習時においても、競技時と同様の走行が許容されているというべきところ、そのようなダートトライアルの性質からすれば、車両の走行に際して、ある程度の危険を冒すことは当然に予定されているというべきであり、前記前提事実のとおり、これに対応して、車両や服装等の点においてJAFによる安全基準が設けられていること、また、本件においても、本件車両は、ロールバーや四点式のシートベルト(運転席)が設置される等の改造がされ、被告高梨も寿夫も、ヘルメットや長袖の服を着用する等の外的衝撃から身を守るための装備をしていたことを併せ考えると、ダートトライアルにおいて、車両に同乗者がある場合のその者の死傷等の被害を避けるために運転者に要求されている注意義務の程度は、一般公道におけるものとは異なり、より限定されたものになることはやむを得ないというべきであり、危険な運転を行い、同乗者に被害を与えたからといって、そのことが直ち運転者の過失を認め得るものではないといわなければならない。

しかるところ、本件事故により、寿夫が死亡するに至った経緯は、前記のとおり本件車両が本件防護柵に衝突した後に、横木が外れて飛ばされ、残った支柱の縦杭に本件車両が助手席側を下にして倒れ込み、右杭が助手席の窓から突き刺さる形で本件車両に入ってきて寿夫の頚部等を圧迫したことに因るところ、これに加えて、前記のとおり、本件では、前記前提事実のとおり、本件車両は、転倒・衝突によっても容易に潰れないようにロールバーによる補強がされていたこと、寿夫は転倒等に備えてヘルメットやシートベルト等の着用を行っていたこと、弁論の全趣旨によれば、本件防護柵への衝突によっても被告高梨自身はほとんど無傷であったと認められること(したがって寿夫も、縦杭が車内に入って来なければ、死亡するには至らなかったと窺われること)、ダートトライアルにおいては、前記のとおり、転倒や防護壁等への衝突等は珍しいものではないにもかかわらず、本件事故が起きるまでは、本件競技場において、競技中や練習中に、死亡事故はもちろん、救急車両の出動するような負傷事故も発生したことがなかったこと、実際、寿夫は、生前、母親である原告みさ子に対し、ダートトライアルは転倒しても安全な競技である旨話しており(乙五、同原告本人)、被告高梨も同様の認識を有していたこと等の事情を勘案すれば、被告高梨が右のような経緯で寿夫が死亡するに至ることを予見し得たものと認めることは困難であるというほかはない。

3 被告高梨は、前記のとおり、本件事故当時、ダートトライアルについては初心者のレベルにあったといってよく、また、本件競技場の走行経験が乏しかったのみならず、ダートトライアルの走行自体も経験が少なかったのであるから、原告らも主張するとおり、走行一周目は、自分のレベルもよくわきまえて無理な運転を避け、より慎重な運転を心掛けるべきであったといえなくもないが、そのことから直ちに寿夫の死亡に対する被告高梨の責任が認められるものではなく、本件事故当時の被告高梨の運転操作に問題があったとしても、寿夫の死亡という結果に対する被告高梨の予見可能性を認めることができない以上、原告らの被告高梨に対する損害賠償請求も理由がない。

三  以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝沢孝臣 裁判官 齋藤大巳 裁判官 西森英司)

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